研究紹介

  1. 研究内容
    1. 蛋白質チロシンリン酸化を介した細胞機能の制御機構
    2. 新しい細胞間シグナル伝達機構CD47-SHPS-1系の生理機能とその臨床応用
  2. 研究室で修得できる技術一覧
  3. 最近の総説
    「新規細胞間シグナル伝達システムCD47-SHPS-1系の機能」(細胞工学 vol.23, No5, 2004)

1 研究内容

研究室の目標

私共は、生命科学の多くの領域で基本となる新たな細胞機能の制御機構を明らかにしていきたいと考えていま す。そのためには、私共独自に、興味ある生命現象に関与する「機能分子」を同定し、これにつき生化学的、分子生物学的、細胞生物学的、細胞工学的な幅広い 研究手法を用い多角的にその機能解析を行います。そして、最終的には、がんや神経疾患、代謝・内分泌疾患、動脈硬化をはじめとする様々な疾患の診断や治療 の上で、私共の研究成果が還元されるような研究を目指していきたいと考えています。
私共は、研究をすすめる上で、次の3つの大きな目標をあげています。

I) 新たな細胞内シグナリング機構の発見
? II) 新たな生理活性物質の発見とその作用機構の解明
?III) I),II) を基礎とした臨床応用

これら3つの大目標を目指しつつ、私共は、当面は以下の具体的なプロジェクトにつき研究を展開していきます。

1) 蛋白質チロシンリン酸化を介した細胞機能の制御機構

蛋白質のチロシンリン酸化は、実に様々な細胞機能に関与していますが、その中でも最も代表的なものとして細胞の増殖と分化があります(図1)。

1) 蛋白質チロシンリン酸化を介した細胞機能の制御機構

多くの細胞増殖因子やサイトカインの受容体自身がチロシンキナーゼ活性をもっており、これが受容体自身や細胞内の標 的タンパク質をチロシンリン酸化して最終的に遺伝子発現を介して細胞の増殖と分化を引き起こします。またその異常は、細胞のがん化につながります。また、 細胞と基質の間やあるいは、細胞と細胞の間の接着部分に濃縮する蛋白質がチロシンリン酸化され、その機能が制御され、細胞の接着や運動がコントロールされ ることも明らかにされつつあり、この異常は、がんの浸潤や転移などの病態につながると考えられます。さらに、血糖の調節に最も重要であるインスリンの受容 体はチロシンキナーゼ活性を有しており、標的蛋白質のチロシンリン酸化を介してグルコーストランスポーターを含む小胞を細胞膜へと運び、血糖の調節にかか わります。この経路の異常は、いうまでもなくインスリン抵抗性糖尿病の原因のひとつと考えられております。チロシンリン酸化は免疫細胞機能にも深く関わっ ており、免疫担当細胞同士の相互作用により受容体の細胞内部分がチロシンリン化を受け下流にシグナルを伝えます。この経路の異常は感染症や自己免疫疾患に つながると考えられます。加えて、最近では、シナプス伝達の際に後シナプス膜に存在する神経伝達物質受容体のチロシンリン酸化が重要であることが示され、 この経路の異常は記憶の障害や痴呆につながると考えられます。

さて、タンパク質のチロシンリン酸化はリン酸化を触媒するチロシンキナーゼと、逆に、これを脱リン酸化するチロシンホスファターゼにより調節を受けており、この両者のプラスとマイナスの作用の精密なバランスにより多様な細胞機能が発現されると考えられています(図2)。

蛋白質チロシンリン酸化のバランス制御機構

また、このバランスの破綻が、がんや糖尿病、免疫異常など様々な疾患の原因となることが示されています。したがって、チロシンリン酸化の制御機構を明らかにすることは、生理的な細胞機能の解明という面からだけでなく、医学上も大変重要であると考えられます。

私共は、これまで一貫してsrc-ホモロジー2領域(SH2ドメイン)を有しているチロシンホスファターゼ、SHP-2の細胞機能における役割につき研究を継続しています(図3)。

SHP-2は増殖因子によるRas活性化に必要である

その結果、SHP-2が、増殖因子刺激によるRas低分子量G蛋白質の活性化に重要な役割を果たしていることを明らかにし ています。一方、最近、私共は、極性を有する上皮系細胞のモデルであるMDCK細胞において、SHP-2が、GDP/GTP交換促進蛋白質であるVav2 を介して、低分子量G蛋白質Rhoの活性化を制御することにより細胞基質間接着を調節し、肝細胞増殖因子(HGF)により刺激される細胞遊走をポジテイブ に制御することを見い出しています(図4)。

SHP-2-Vav2-Rho系とHGFによる細胞運動

さらに、SHP-2の脱リン酸化基質蛋白質として、イムノグロブリンスーパーファミリーに属するSHPS-1と HGF受容体チロシンキナーゼ(c-Met)のチロシンリン酸化基質であるGab-1を見出しています。SHPS-1は、接着因子インテグリンを介した細 胞基質間接着により、またGab-1は、接着因子カドヘリンを介した細胞間接着によってチロシンリン酸化を受け、それぞれがSHP-2によりそのチロシン リン酸化レベルが制御されています。このように、私共は、SHP-2が、増殖因子と細胞接着の両方の下流に位置し、2つ異なる低分子量G蛋白質Rasと Rhoを制御する多機能なシグナル分子であることを明らかにしています(図4)。

私共は今後さらに、細胞の増殖・接着・運動の制御機構における蛋白質チロシンリン酸化の役割をさらに 明らかにする目的で、SHP-2の作用機構に焦点を絞り、SHP-2による低分子量G蛋白質の活性制御機構、SHPS-1遺伝子ノックアウトマウス細胞の 解析、インテグリン系とSHPS-1/SHP-2系の相互作用、カドヘリン系とGab-1/SHP-2系の相互作用などについて総合的に解析を進めていく 予定です。また将来的には、このシグナル伝達系が、免疫機能や記憶・学習等の神経機能を始めとする高次生命現象、さらには老化の分子機構にどのように関与 しているかについても研究を展開していきたいと考えています。

▲TOP

2) 新しい細胞間シグナル伝達機構CD47-SHPS-1系の生理機能とその臨床応用

多細胞生物の個体を形成する様々な種類の細胞は互いにシグナルを受け渡しすることにより協調的に作用しあい、その結果多様 な生体機能が発現します。この細胞間のシグナル伝達システムの1つの基本型は、シグナルを伝える側の細胞上に固定された膜結合型のリガンド分子が、標的細 胞上のレセプター分子に直接会合することによりメッセージを伝える機構です。私共は、この細胞間シグナル伝達システムに相当すると考えられるCD47- SHPS-1系を新たに見い出しています。CD47-SHPS-1系は、1回膜貫通型のレセプター型分子であるSHPS-1(SH2- containing Protein Tyrosine Phosphatase Substrate-1)と、その細胞外領域の生理的なリガンドであるやはり膜貫通型分子であるCD47により構成されます。SHPS-1は、私共がチロ シンホスファターゼSHP-2の結合蛋白質でありまた脱リン酸化基質として同定した細胞膜貫通型の蛋白質です(図5)。

CD47とSHPS-1による細胞間相互作用シグナル

SHPS-1は、その細胞外ドメインに3個の免疫グロブリン様構造をもちます。一方、その細胞内ドメインには、増殖因子や サイトカイン、細胞接着刺激などによりチロシンリン酸化を受けるモチーフをもち、これにSH2ドメインをもつ細胞質型チロシンホスファターゼSHP-2あ るいはSHP-1が結合し、これらのホスファターゼが活性化されます。従って、SHPS-1の下流シグナルにはこれらのチロシンホスファターゼが関与する と考えています。一方、CD47は、組織普遍的に発現する5回細胞膜貫通型の蛋白質です。その細胞外領域には1個の免疫グロブリン様構造をもち、これが SHPS-1の細胞外ドメインと会合すると考えています。CD47の下流シグナルについては、未だ十分明らかでありません。

私共は、すでにCD47-SHPS-1系が普遍的な細胞運動、マクロファージによる貪食機能、神経シナプス機能などの制御において、主に負の制御を行っている重要な細胞間シグナル伝達機構であること明らかにしています。すなわち、

1)運動している細胞上のSHPS-1が別の細胞上に発現するCD47に結合することにより細胞運動を負に調節すること、 またその分子機構を明らかにし、CD47-SHPS-1系が長らく明かでなかった細胞のコンタクトインヒビションの分子機構に関わる可能性を示しました (図6)。

CD47-SHPS-1系による細胞運動制御

2)SHPS-1はマクロファージにおいても高発現しているが、SHPS-1 KOマウスを用いた解析から、赤血球や血小板上に発現するCD47はマクロファ?ジ上のSHPS-1と相互作用して、脾網内系マクロファ?ジによる血球貪 食を負に制御していることを明らかにしました。CD47-SHPS-1系がこれまで明かでなかったマクロファ?ジによる貪食の負の制御に関わること、さら にマクロファ?ジによる自己・非自己の認識機構に関わる可能性を示しました。

3)さらに、SHPS-1とCD47が共に中枢神経系において豊富に発現することを明らかにしています。特にSHPS-1 が神経軸索ならびに神経成長円錐に局在すること、CD47は樹状突起に主に局在することから、CD47-SHPS-1系は神経系において軸索伸長や神経回 路網形成の制御系として機能している可能性が想定されます。

私共が見い出しているCD47-SHPS-1系は、上記の機能以外にも様々な細胞機能に関連している可能性がありま す。今後、さらにCD47-SHPS-1系の機能を明らかにしていくと共に、CD47-SHPS-1系に関連する新規の蛋白質を単離しその機能を明らかに しようと試みます。私共の本研究で得られた成果 は、全く新規の細胞間相互作用のパラダイムの形成に寄与するだけでなく、将来的には、内分泌代謝、がん、免疫疾患、痴呆症などの新しい診断法や治療法を開 発する端緒となることが予想されます。

▲TOP

2 私共の研究室で習得できる技術一覧

1:生化学的手法
2:分子生物的手法
3:細胞生物学的手法
4:遺伝子ノックアウトマウス作製とその解析(共同研究による)

▲TOP